熊本YMCA訪問
熊本YMCAに置かれていたボランティア日誌
熊本城を囲む深い緑に、崩落した石垣が姿をのぞかせる。
車のナビは、熊本YMCAへ向かうのに熊本城公園内を通行するのが一番の近道だと示している。しかし、目の前を通行止めのポールが阻む。
回り道の車窓からは、ブルーシートに覆われた屋根がいくつも見える。
5月11日、午前10時過ぎ、加藤誠幹事と望月は、熊本YMCA総主事・岡成也氏と本部事務局局長・神保勝己氏にお会いした。お二人とも多忙を極めておられたが、あたたかく迎え入れてくださった。
熊本YMCAは現在、熊本県内2カ所の避難所を運営している。
ひとつは益城町総合体育館、もうひとつは御船町スポーツセンターである。いずれも、熊本YMCAが指定管理を担う施設だ。
神保局長は4月14日の地震発生からほぼ三週間、休むことがなかったと言う。各地と連絡を取り合い、現場指導にあたり、道路状況の悪いなかで現場を訪ねた。
14日の地震から不眠不休の日々が始まったが、16日午前1時25分に起きた「本震」で事態は更に深刻化。
熊本YMCA本部をはじめ、圏内各地にあるYMCAの施設に被害が出た。
職員の方々は自身も被災しながら、車で寝泊まりしながら出勤し、復旧にあたった。
熊本YMCAは地域から強く信頼されている。
地域にいち早く入り、介護を学ぶ学生が高齢者の入浴や食事の介助をした。また、人脈を通じて、阪神大震災や東日本大震災を経験した人々が現場に関わったことは大きかったという。震災は先が長いものである。
避難しておられる方が健康的で快適な「生活」をするために、皆で体操をしたり、お茶を飲む場を提供したり、様々な工夫をしている。
地震発生から時間が経ち、現場のニーズも変化していく。そのニーズをうまく捉えていくこと、また、様々な事情で避難所での生活がしにくい方々、支援が必要なのにその存在が見えづらい方々への長期的な働きかけが必要とされている。
地域的にボランティアの数が足りていないことも課題としてあげられた。益城町や御船町は熊本市内から比較的行きやすいが、阿蘇は遠いため人が集まりづらいという。
南阿蘇村等でボランティアのニーズは高い。
そして、職員やボランティアへのケアが求められている。
ご自身らも被災しながら働く方々に寄り添い、傾聴する存在が必要とされている。
先の長いプロジェクトを運営していくために、たくさんの人や資金が必要になることを視野に入れ、熊本YMCAは国内外に協力を呼びかけていくという。
震災発生からひと月ちかく。「もう」ひと月ちかくではない。
これから取り組みは始まったばかりである。
報告 望月麻生